#2. 起業の動機と事業発足
大学で研究職として、働いてきた私がどうして農業に参入しようと思ったのか。今回は、起業の動機と事業を発足するまでの道のりについてお話します。
これまで、私は健康・スポーツに関する仕事を日々こなしていました。スポーツ現場に出るときもあれば、1日中、モニターに向かう日もあり、食べるものも「お腹を満たすものならなんでも…」と不摂生でずさんな生活を過ごしてきました。特に大阪大学時代では、スポーツ現場に出る機会も少なくなり、より身体を動かす機会も減ってしまい、出不精でずさんな生活が加速していました。しかし、大阪大学では、身体活動という分野を研究してきたことで、運動・スポーツだけでなく、身体不活動による社会問題や日常生活活動、健康や生きがいに興味を抱くようになりました。そんな中、日々を過ごしていると山口県萩市でテニススクールを開いている方と出会い、研究室のメンバーと萩市へ行くことに。当時、山口県萩市は、高齢化率44%という高齢者が多い街で農業や水産業のような一次産業に従事している方が多いことを耳にしました。そこで、一次産業により興味を抱き、働き方や農村内での社会交流、生きがいや人が感じる幸福、健康の意味についてよく考える機会が増えていきました。
ある日、大阪大学大学院医学系研究科保健学専攻の樺山先生のお話を聞く機会がありました。そこで、健康寿命延伸と生きがいに関する研究を目にし、生活習慣や仕事、生き方に対する関心がより一層高まりました。そこから、より身近に食を感じ、健康に過ごすための実践的な仕事をしたいと一念発起し、農業に携わることを決意。2024年3月に3年間お世話になった大阪大学を退職し、独立することに。
2024年4月から1年間、知人の紹介で、有限会社松幸農産でお米を中心とした農作物を生産している法人へアルバイトとして働き始めました。松幸農産は、農作物の生産に加えて、飲食店、洋菓子店、スポーツクラブ、ガソリンスタンドなど多角的に事業を展開している企業です。ここで、初めて農業に携わり、毎日、大自然の環境下で働く大変さを学びつつも、どこか寛大で豊かな心が生まれる感覚も得ることができました。松幸農産は、耕作面積が280haもあり、それらをわずか20名程度で管理しています。これほどの面積をカバーし、栽培をするためには、非常に過酷な環境で働くことも強いられる時があります。しかし、これらを管理するためには、「とにかく手足を動かし、作業する」、「やらないと終わらない」ことが必須でした。非常に初歩的で当たり前のように思えることだが、私を含めた現代の若者には、最も重要なことであり、仕事に対する向き合い方を再考させられた一年でした。
2025年4月からは、三重県多気郡多気町で新規就農をするため、本格的にいちごの栽培に関する研修がスタート。二人の師匠にいちごの栽培技術を指導していただきながら、農地確保、農業用ハウスの建設、借入計画や補助金の申請などの就農準備に励んでいます。1年間、縁もゆかりもない新たな地で事業をスタートするために奔走してきました。
農業に新規参入する場合、農林水産省の「認定新規就農者制度」を使って、就農することがほとんどです。新規就農者になるためには、市町村が認める農業法人やサポートリーダーの下で研修を重ね、認定をしてもらう必要があります。新規就農者になることで、農地の獲得、営農開始時の融資や経営発展支援事業などの補助金を申請することができます。
はじめは、多気町役場、松阪市農業改良普及センターの方々にお世話になり、研修先にご挨拶へ。次の日から、早速、研修がスタートしました。研修先の師匠は、二人ともいちごの栽培について知識や経験が豊富で、惜しみもなく私に教えてくれました。栽培だけでなく、経営に関することも相談に乗っていただき、この町での過ごし方、周りの方々との関係性の構築まで後押ししていただきました。特に、全く未開の地で就農することを決めたのでまわりに知り合いがいるはずもなく、農地を獲得することが難しいと思っていたのですが、たまたま、私の自宅の近くの農地を師匠に紹介してもらえることに。それも研修をスタートして2か月ほどで…。農地の獲得は、各市町村の農業委員会を通して、決定されるため少し時間はかかりましたが、2025年12月に農地を使わせてもらえることが決まりました。
2026年から本格的に農業用ハウスを建設し、ようやく農業事業を発足、スタートする予定です。これまで二人の師匠をはじめとした多気町でいちごを栽培している諸先輩方に本当にお世話になりました。2026年度は、これまでの人生で一番大変な一年になりそうですが、お世話になったすべての方々に恩返しできるよう努めたいと思います。

