#1.「農業×健康」について
我々の事業「農業×健康」の意義
2024年から就農するまでの2年間、私がこれから実施しようとしているビジネスが社会に対してどのよう影響を与えるのか深く考えてきました。2年間、熟考した内容をまとめてみましたので、ご興味がある方は、ぜひご一読ください。
「農業×健康」が社会にもたらす影響は、主に3つあると考えています。
一つは、人々が幸福であると感じるためには、”健康な身体”が必要であること。ヒトの身体は、食べたものからできており、健康な身体をつくるためには、バランスのよい食事をとることに加えて、様々な強度の身体活動量を得ることが重要です。農業は、これらの要素を満たしてくれる産業の一つ。農業は、職業として、現代の社会問題である身体不活動による非感染性疾患の予防に貢献する可能性を秘めている。しかし、農業だけでは経験できない身体活動特性も存在します。また、農業は繰り返しの動作が多く、局所にストレスが蓄積されることで、慢性的な痛みを誘発することが少なくありません。それらを補填するために運動やスポーツがあると考えています。運動・スポーツは、日常的に行わない動作をすることによって、柔軟性の向上や、高強度身体活動の獲得などの利益を得ることができます。私が考える農業×健康というコンセプトは、食と運動で人々の生活にアプローチし、“未病”から“健康”へ、“健康”から“満足な生活”の獲得につながる可能性を秘めています。
次に、作物を食べる重要性です。京都大学人文科学研究所の藤原辰史氏は、「近年、多くの食品が、食べ、消化し、排泄しやすく加工されている。食の形態は、液状化し、咀嚼時間は短縮、あごの筋肉は衰える。市場は口と肛門の距離を短縮する。もしも食べ物の腐敗、解体、消化、排泄の糧にもっと時間をかけ、エネルギーを投じられれば、ようやく食べることは回復する。」と述べています。本来、私たち人間は、食材を仕入れ、調理し、口に入れることで、消化活動をスタートさせ、噛むことで食材の味、旨みを感じ取ってきました。このままでは、この食行動というプロセスが単純化されすぎてしまい、味覚が鈍化し、「食べる」という行為そのものを楽しむことができなくなってしまうのではないでしょうか。そればかりか、味覚が鈍化したことによって、より味の濃い食品を求めてしまい、生活習慣病のリスクを高めてしまう危険性もあります。
人の味覚について、2025年、東北大学の海老原氏の研究によると、「ヒトは味の微妙な違いを記憶できる」ことを明らかにしました。これまで、「甘味」「塩味」「酸味」「苦味」などの基本味の違いを識別する仕組みは研究されてきました。しかし、ショ糖とブドウ糖のように同じ「甘味」の中でも同一味質の異なる物質をどう感じ分けているのかは、ほとんど明らかにされていなかったそうです。また、「味を覚える」「味を思い出す」といった味覚の記憶や想起のメカニズムも明らかでなく、「食の楽しみ」を支える脳の働きを理解するうえで大きな課題となっていました。海老原氏の研究では、「味覚想起訓練」を行うことで、味覚も鍛えることができることを明確に示しました。味を思い出す訓練を重ねることで、味の細やかな違いを感じ取る味覚の感受性や識別力が鋭敏になることが示されたそうです※1 。この研究から考えると、ヒトが生まれ発育していく過程(脳や骨格筋、臓器の発達を含む)の中で、解体、消化、排泄のプロセスにエネルギーをかけず、短縮することで、「味音痴」、「味覚不全」といった問題が生じてしまう恐れがあるかもしれません。子どもには、これらのプロセスにエネルギーをかけ、食べることの楽しさや豊かさをじっくり感じてもらいたい。農作物を食べることは、味覚を感じる脳の機能や臓器を鍛え、食べることを楽しむ将来を守ることにつながるのではないでしょうか。
食行動を改善する働きかけが世界的にも行われています。それが「Plant based food」です。これは、“土から生えたものを食べる”ことであり、野菜をより楽しむ工夫にあふれた食文化です。Plant based foodについて、食事と健康状態に関する知見が「Plant-based diet index(食物性食品摂取指数)」(以下、PDI)という指標を用いて前向きコホート研究から得られています。多くの研究から、PDIスコアの高い食事を摂取する参加者は、多くの慢性疾患のリスクが有意に減少し、早期死亡のリスクも低下することが示唆されています。
PDIは、Healthy plant foods、Unhealthy plant foods、Animal foodsの3つのカテゴリで構成されていまる。各カテゴリの食品は、下記表のとおり※2。

PDIスコアの高い食品を摂取することは、藤原氏が述べた「食べることを回復させる」方法の一つなのかもしれません。「食べる主体になるということは、自らの舌と歯と食道と胃袋と十二指腸と小腸と大腸とその他さまざまな消化器官およびそこから分泌される消化酵素、そして、とくに大腸に棲む無数の腸内細菌を自分の内なるマルチチュードとして活性化することに他ならない」(分解の哲学, 2019)。自分の身体機能を使って、食物を食べることが豊かに生活する第一歩なのかもしれない。
最後は、公私ともに豊かに生きていくことに時間を使うこと。近年、科学的な技術が急速に発展したことで、人々は、より便利で楽な生活を送れるようになりました。昨今では、「コスパ」や「タイパ」といわれるように様々なことを効率化することが良いとされてきています。確かに、より良い製品やサービスを生み出し、経済を発展させることは非常に重要であり、現役世代の使命であるとも言えます。しかし、現代の日本社会では、物価高騰や低収入による生活苦、SNS等の誹謗中傷によって精神的に疲弊しきっている人々が少なくありません。現代の日本で重要なことは、短時間で、何かの成果を得ることよりも、“何でもない暇な時間”の過ごし方や、“無駄に思えるような地道な作業”による充実感なのではないかと考えます。 以上のことから、「農業×健康」は、現代の社会問題である身体不活動の改善に貢献し、主観的な幸福感を高められる可能性を秘めているのではないでしょうか。
※1. Park. U, Miyagi. M, and Ebihara. S., Effect of taste recall training using 5 sweet substances on sweet taste sensitivities. Chemical Senses. 2025., https://research-er.jp/articles/view/150627 ; https://doi.org/10.1093/chemse/bjaf057
※2. Plant Based; https://plantbasedhealthprofessionals.com/plant-based-diet-index
